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東雲舞踏を結成する前に彼女たちが学んだ
和栗由紀夫の稽古場では、
言葉を通してイメージを身体化するという
「舞踏譜」による作舞が実践されていました。
これは、語彙をつなげて文章をつくるように
踊りをつくっていくという方法で、土方巽が70年代以降、
振付に専念した時期に編み出したものです。
土方が古今東西の絵画や詩的文章から
「この絵からこういう身体イメージを引用する」と
決めたものに「名前」をつけ、
その「名前と意味のセット」を
ダンサーたちに教え込むことで、
神経レベルの細かなニュアンスや
背後にある広がりまでを共有しながら、
踊りを紡ぎだしていくことができました。 |
この独特の作舞法が確立していく時期に、土方舞踏譜を体現する男性舞踏手として活躍した和栗は、
その後好善社を結成し、自分も踊りながら若いダンサーを振り付けるにあたり、この作舞法を用いています。
その和栗のもとに、ほぼ同時期に7〜8年間在籍した彼女たちは、
共通の身体言語として「舞踏譜」を共有しています。
東雲舞踏では、誰かが振付をリードするということを決めるのではなく、
対等の立場でシーンのイメージについて話し合いながら、
互いに振付けていくという相互的な関係を可能にしているのです。
3人の間には「シーンとして想定した世界を、言葉を通して共有する」ということがまず基本にあり、
そこから振付を生みだしていきます。
この点が、形やタイミングなどの外的な要因から合わせていく群舞とも、
偶然性に表現の結果を委ねるフリーな即興ともちがった
「世界を共有していながら、3人それぞれの個性が際だって見える」という
東雲舞踏の最大の特徴を生み出しているのです。 |
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